とても創造的な説

もうすっかり松の内も過ぎてしまいましたが、明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

さて、年末年始のドタバタも先週で終わり、今週はなんだか虚脱しています。
今日は珍しく札幌市中心部などが大雪のようですね。
わたしの住んでいる町は今日は天候は穏やかです。
というか、雪が多めに降るのが普通なので、今日はつかの間の休息という感じです。


さて、年末に映画を観ました。
(と書いて、いや観たのは年始だったかもしれない、とも思う。分からない…)
大好きクリストファー・ノーラン監督の「インターステラー」です。

前に1度観て、よく分からないことも多くて、数年の時を経て、今回また観たら、前回よりはちょっとだけ分かったこともあった。

「過去、現在、未来は矢印のように進んでいくものではなく、同時に存在している」説があるじゃないですか。
その説を聞いたときは、どう頑張ってもピンと来なかった。
「え? そしたら時間は? 時間の流れっていう物自体ないってこと? 歴史は? じゃあ生き物はなぜ肉体に限界が来て滅びるの?」と。

もちろん今もきっちりピンとは来ていないのだけれど、劇中でまさにこの「過去、現在、未来は矢印のように進んでいくものではなく、同時に存在している」説を視覚化してくれているシーンがあるんですよね。

多分この「…同時に存在している」を目で視ている人ってすごく少ないとは思うし、制作陣のイメージがこうだったというだけで、本当に「…同時に存在している」がこういうビジュアルをしているかどうかは分からないけれど、ひょっとしたらこういうふうに見えるのかな~と思っただけで面白かったです。

頭が混乱しそうだけれど「過去、現在、未来は矢印のように進んでいくものではなく、同時に存在している」説、個人的にほけっこう好きな説です。
時間の制約を受けないって、自由な感じがする。

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